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びっくりした~!
何人もの人から「いい、いい」と感想を聞いていたWALL-Eを観に行ってきたのですが…これ、某映画へのすごいオマージュになっているのに感動…とか、ネタバレになるので、読んでいい方だけどうぞ…
   ↓
最初から最後まで、ウォーリーとイヴのストーリーは萌えました~!
何百年もひとりきりで(ゴキさんはいたが)心を通いあわせられるひとを待っているなんて、どんだけツボを突いて来るんだ~!!
ツンデレのイヴと、大切なものを守る為にすすんで犠牲になるウォーリー。…ジャック遊星にあてはめて萌える方の気持ちがすごくわかった。というか、この2人だろ、もろ(笑)

ウォーリーとイヴに関しては私が萌えを語って今さらなので、さっそく、びっくりした件について。
何かというと、地球を捨てて航行するアクシオム号の艦長VSオートの争いのシーンで「ツァラトゥストラはかく語りき」が流れたんですよ~!
しかも艦長が(たぶん)生まれて初めて自分の足で立つシーン。
「ツァラトゥストラはかく語りき」が映画で流れるなんて、キューブリックの「2001年宇宙の旅」が思い出されるわけで。とすると、艦長のシーンは、その曲をバックに類人猿がはじめて二足で立ち棍棒という道具を使った有名なシーンを意識してるとしか思えないわけで。

それに気づいたときは、「人類が二足で立つ」ことの単純なパロディだろうと思ってたんですよ。
でも、ウォーリー側のストーリーと別に展開する「地球を捨てた人間」側のサブストーリーを時間を追って思い返すと、これ、「2001年宇宙の旅」への全面的オマージュじゃないか?という気がして仕方ないです。

「2001年宇宙の旅」といえば、テーマは「人類の進化」
ヒトザル(公式名称)が足で立ち手で道具を作り出すようになり、知識を求めた末にやがて自らが作り出した宇宙船で宇宙に進出して人類進化の鍵となる「モノリス」に再会することになるのだが途中で異常をきたしたコンピュータの造反に遭う…というような話だった気がする。…なにぶん大昔に観たきりのこの映画、自分には難解だったし…で、細かいところまでは忘れてるけど大体そんな話だった気がする。

それを踏まえて「WALL-E」(の人類の部分)を思い返すと、進化の末の物質文明に行き詰まり、人が住めなくなった地球を捨てて宇宙へ出るところまでは人類の(間違った)進化(だったろうけど、その場面が描かれることはない)
宇宙船の中で知識を求めることをやめ、足で立つこともやめた人類は、大昔のヒトザルと変わりないところまで退化したと言っても過言じゃない。それどころか、互いに生身の手を取り合うこともしないで、毎日通過する目の前のプールや看板の存在にすら気づかず、モニターごしのバーチャルな日々を送っているなんて、太った肉体に埋め込まれたただのプログラムと変わりないですよ。

そんな時にようやく芽生えた地球帰還の機運をコンピュータの造反で失いかけたけれど、それを救ってくれたのが、昔の人間のミュージカル映画を観て「手をつなぎあう仲間が欲しい」気持ちを持つにいたったメカのウォーリーだった…。

つまり、「2001年宇宙の旅」が「人類の進化」がテーマなら、「WALL-E」の人間側ストーリーのテーマは「人類の退化と再出発」
もしかしたら、「2001年宇宙の旅」のパラレルな続編を作ろうとしたんじゃないかとすら思えてしまう…というのは、うがちすぎかもしれないけど。

ただ、エンドロールの背景が、洞穴人の壁画から古代文明を経て印象派やゴッホの絵画そして近代的な絵に進んでくるのは、人間だけが持つ「意図して芸術作品を生み出す」能力を意味しているんじゃないかという気がするのです。
地球を汚染する物質文明を築いた知性の進化じゃなく、美しいものを再生産したいという感情の進化を、新たに降り立った人類が歩み始めた、ということを暗喩しているんじゃないかなあ。

親子で同時に同じ映画を楽しむというのは聞くけど、この映画の場合はもしかしたら、子供がひとつの作品を楽しく観ている間、親はその隣でもうひとつの作品で蒙を開かせられる思いをしているのかもしれない。観てる映画は同じでも。
そんなからくりを感じさせてくれるすごい作品でした。

あ、単純に映像だけ取っても心引かれる映画でした。荒廃した風景には廃墟マニア心をくすぐられまくりでした。
DVD…買いたいなあ!

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